First International Conference on Legume Genomics and Genetics: Translation to Crop Improvement (1st ICLGG) 報告

 

 去る200262日より6日まで、ミネソタ大学に於いて、表記国際会議が開催された。会議の主旨として「to apprise the international scientific community of the current status of legume genomics, genetics, and bioinformatics initiatives in legume crops and model species」となっているように、ゲノミクス、(分子)遺伝学、バイオインフォマティクスに重きを置いた内容となっていた。計14のセッションが設定されており、特に構造ゲノミクスと共生には2倍の時間が割かれていた。それぞれのセッションの題目は、進化と多様性、世界の農業におけるマメ科植物、マーカーと育種、逆遺伝学、バイオインフォマティクス、構造ゲノミクス、比較ゲノミクス、機能ゲノミクス、形質転換、ストレス、発生遺伝学、生殖生物学、共生、病原、となっていた。参加者は273人、口頭発表72演題、ポスター発表108演題であった。日本からはかずさDNA研究所の佐藤が構造ゲノミクスのセッションで、大阪大学の林が共生のセッションで口頭発表した。昨年9月にドイツのマックスプランク研究所で開催されたMolecular Genetics of Model Legumesと比較すると、場所柄故かミヤコグサの発表が比較的少なく、ダイズや他のマメ(インゲン等)の発表が多く、また、機能ゲノミクス関連のMedicago truncatula(タルウマゴヤシ)の発表はかなりのものがあったが、共生関連の遺伝子のクローニングについてはミヤコグサに一日の長があった。ここでは全体の概要を林が、ゲノミクス関連の内容を佐藤が報告する。要旨はICLGGホームページhttp://www.agro.agri.umn.edu/iclgg/All_Abstracts.htm参照のこと。

 

内容

 

1. 進化と多様性

 中央アメリカにおけるインゲンの栽培化における系統解析に関する発表では、成熟豆果の開裂防止、光周の中性化、矮化を形質として、エクアドル、北部ペルー、メキシコからアンデスに分布する5種の野生種が栽培種に改良されたことを示していた。また栽培種から野生種へのintrogressionも見られるそうである。

 他には、葉緑体コード、核コードの複数の遺伝子を用い、パラメトリックおよびノンパラメトリック解析でマメ科系統樹の再検討を行ない、従来言われているような、熱帯の樹木マメが古く、温帯の草木マメが10百万年(mya)より最近分化したのではなく、ジャケツイバラ亜科とネムノキ亜科のグループとマメ亜科のグループは35-40myaには分岐していることを示していた。またcyclopediaなどの花形態形成遺伝子パラログの比較や、最近栽培化されたルピナスの系統に関する発表もあった。

 

2. 世界の農業におけるマメ科植物

 発展途上国における食糧中の微量元素の不足による疾患を救済するための、インゲンの鉄、亜鉛イオンなどの含量のQTL解析プロジェクト、インゲン炭疽病耐性遺伝子の解析などの発表があった。

 また、エンドウの根粒形成変異体の話では、多くの変異体が幾つものカテゴリーに分類されているものの、その原因遺伝子の同定にはマメ科モデル植物の相当変異体のクローニングを待っている印象が強く、エンドウの分子遺伝学が困難であるという現実を再認識した。

 

3. マーカーと育種

 ヒヨコマメとレンズマメの共優性マーカーとQTL、ダイズのマーカーとQTL、アルファルファの発表があった。

 タルウマゴヤシでは幾つかの系統を用いてF2あるいはRILsを作成し、マーカーを開発していた(ここ数年来似たような発表があるが)。フランス系統A17Jemalongとアルジェリア系統DZA315.16との間には222AFLPマーカーと145PCRベースのマーカーがマップされているが、第1、2、3連鎖群(ミヤコグサのn=6に対し、タルウマゴヤシはn=8)には歪みが生じていた。また、EST配列からおよそ500SSRマーカーを同定した。

 

4. 構造ゲノミクス

 ダイズESTTCを比較することでパラログの系統を解析していた。単系統が7割程度、2分岐が2割、3分岐(2分岐した後に一方が分岐)が1割、4分岐(2分岐したものがそれぞれ2分岐)がわずかであった。2分岐パラログで同義置換率を解析した結果、低置換値を持つものが例えばタルウマゴヤシと比較して有為に多く(極大3割程度)、最近同時期に多くの重複が起ったことが分かった。また、3分岐では1回目の分岐がおよそ55mya、2回目が30myaに起ったことも示した。また、ゲノムライブラリーの挿入末端(BAC ends)を6000シーケンスした結果、ホモロジー無しが43%、リピートが36%であった。

 また、アメリカの旧栽培種ダイズ、現栽培種、アジア栽培種、野生ダイズ(G. soja)計118系統のSNPsを平均およそ500bpの配列(80遺伝子由来)で解析し、野生ダイズ間ではフラグメントあたりのハプロタイプが栽培ダイズの2倍に達していることを示していた。

 興味深かったのはタルウマゴヤシR遺伝子に関する分子系統の話であった。150NBS-LRR遺伝子ファミリーをマップした結果、これらの大部分は遺伝子クラスターを形成しており、個々の遺伝子クラスターは2つのサブファミリー(TIR or non-TIR)のいずれかで構成され、2つのサブファミリーが混在するクラスターは認められなかった。また、これらのR遺伝子クラスターの一部についてはエンドウやダイズとの間でシンテニーが認められるものもあった。

 他にタルウマゴヤシ、ミヤコグサのゲノムプロジェクト、ミヤコグサの連鎖地図とそれを利用した変異体原因遺伝子の同定(「ゲノミクス関連」の項参照)、ミトコンドリアゲノム、ヒヨコマメの発表があった。

 

5. 比較ゲノミクス

「ゲノミクス関連」の項参照。

 

6. 発生遺伝学

側芽に関するエンドウ変異体rmsの解析ではオーキシンとサイトカイニンの関与が述べられていた。rms1rms5についてはオーキシンの感受性に関与する変異体であり、rms2はサイトカイニンのフィードバック調節に関与している。

複葉についての話では複葉形成の進化が単一起源でない可能性について言及していた。エンドウのLeafyオーソログであるUniは複葉形成に関与しているが、トマトのオーソログは関与していないらしい。

また、根粒過剰着性変異体sunnではオーキシン2,4-Dの感受性が変化しているらしい。

 

7. 生殖生物学

 エンドウの胚発生変異体とendoduplicationの話。胚でのグルコースの可視化。エンドウのホメオティック遺伝子(unidetvegなど)とマメ科植物の花に関するホメオティックな進化。

 

8. 共生

 ミヤコグサとタルウマゴヤシの発表が主であった。タルウマゴヤシでは初期応答、EST解析、菌根菌、カルシウムスパイキング、感染糸変異体の発表があった。ミヤコグサでは最近Natureに論文のあった初期応答変異体LjsymRK、根粒過剰着生変異体Har1、感染糸変異体、窒素固定に関する発現解析の話があった。

 

A.                     逆遺伝学

 タルウマゴヤシでウイルスによるサイレンシング(VIGS)の発表が複数あったが、ダイズの形質転換系と同様に実用化まではまだ長い道のりを感じさせた。また、昨年のミヤコグサに引き続き、タルウマゴヤシでもTILLINGの発表があった。来年には7000から10000個体の規模でスクリーニングを行なう。個人的にはライブラリーのサイズさえ充実すれば、TILLINGは特定遺伝子の変異体を選抜する強力なツールになると感じた。

 

B.                    バイオインフォマティクス

「ゲノミクス関連」の項参照。

 

C.                    機能ゲノミクス

 タルウマゴヤシではマイクロアレイ(「ゲノミクス関連」の項参照)とともにプロテオミクスを始めていた。2500以上のスポットを確認し、1000以上がESTデータベースにヒットした。根ではおよそ250、葉ではおよそ100のスポットが同定された。根粒菌接種では58が誘導、91が抑制された。その内のいくつかはサイトカイニンやオーキシンに反応する産物だった。sunn(根粒過剰着性変異体)では50以上が変化し、また、興味深いことにはマイクロシン処理で160以上が変化し、その内99が同定された。

 

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「ゲノミクス関連」

本会議では上記の会議の趣旨にもあいまってゲノム関連の演題が多数認められた。これらについて以下材料ごとに内容をまとめてみた。

 

Medicago truncatula

1. Genome sequencing project

 タルウマゴヤシのゲノム配列決定プロジェクトが米国オクラホマにあるNoble foundationからの資金提供で開始された。実際の配列解析作業はオクラホマ大学のBruce Roeのグループが担当し初年度は月間96BAC クローンのドラフト配列(重複度5倍のショットガンシークエンスデータをアセンブルしただけのもの)、年間1000クローンの解析を計画している。二年目についてはこれらのクローンのfinishingを計画しているが確定はしていないようである。解析を行なうクローンは特定の遺伝子を含んでいるものや、物理地図上に位置付けられたクローンなどから選抜していくとのことであった。また、そえに加えてミヤコグサのゲノム解析プロジェクトとの間で情報交換を行ない、シンテニーがありそうなクローンについても200クローン程度解析することにより、塩基配列レベルでの比較ゲノミックスを行なえるような情報が得られるようにしたいとのコメントがあった。ミーティングが開かれた時点ではまだ解析が軌道に乗っておらず、具体的なデータの提示はなかったが、7月以降データベースへの登録クローンは増加してきている。

 また、ゲノムプロジェクトとリンクする形でBAC cloneHindIII切断によるフィンガープリント解析と、末端配列解析に基づく物理地図作成の計画についての報告もあった。

 EST解析については、米国、ヨーロッパそれぞれでのデータ収集がほぼ終了し20026月時点で164,304ESTがデータベースに登録されている。TIGRでこれらのESTデータをアセンブルした結果、16086Tentative Consensus sequences (TC), 17,658singletonに分類された。このTCを利用した比較ゲノミックス解析についての報告もあり、マメ科に特異的なTCを検索した結果、455のタルウマゴヤシTCがその候補に上げられることが示されていた。

また、これらのEST解析に用いたクローンを利用したマイクロアレイ解析についても米国、EUで独自に進行しており、システムやデータ収集、データ解析について複数の演題があった。米国のグループは約1000種類の独立クローンをスポットしたアレイを開発しデータ収集を行なっており、報告のあったデータでは、根粒菌接種後24時間(24hpi)では650遺伝子が誘導されており、これらの内50%はコントロールでは発現検出されず。48hpiでは90が誘導、90が抑制されているというものがあった。また、スポットするクローン数を6000としたアレイもまもなく導入可能とのことであった。一方、EUのグループからは5646の独立クローンをスポットしたマイクロアレイ及びマクロアレイを作製しデータ収集を進めているとの報告があった。

 

Soybean

1.      Physical mapping project,

BAC/BIBACクローンのフィンガープリント解析による物理地図作成の進捗状況につての報告がいくつかあった。状況としてはフィンガープリントデータの収集は終了し、アセンブルの結果3588コンティグ、4932 singletonsとなり計算上1600Mbのゲノム領域をカバーする物理地図が得られている。現在、アセンブルの問題個所のマニュアル訂正を進め地図の精度を高める作業が行なわれている。しかしながらコンティグ間の接続はレトロエレメントの影響で必ずしもうまくいっておらず、遺伝地図との対応付けもマーカー数が十分でなくコンティグの約半数とsingleton9割以上は位置情報が明らかとなっていない。

 

2.      Sequencing project

ダイズのシークエンスプロジェクトはこれまでのところEST解析に力が入れられており発表もそれに関するものが大半であった。会議の時点で80種以上のcDNAライブラリーから合わせて25万を超えるESTの蓄積があり、TIGRによるアセンブルの結果それらは20,642 TCs,  29,039 singletonsに分類されている。TCを用いた比較ゲノミックス解析についての報告では694のダイズTCがマメ科植物に特異的な遺伝子の候補として示されていた。

 ゲノムシークエンスについてはマーカーで単離したBACクローンの末端配列情報を利用した調査解析結果の報告があり、約40%の末端配列はリピート配列で、遺伝子領域と考えられる配列に相当するものは15%ということであった。今後の展開については、Genomics Initiative for U.S. Legume Cropsではgene rich regionについてゲノムシークエンスを行なうことを計画しており(http://129.186.26.94/)、また、中国のグループもゲノムシークエンスに取り組む可能性を示唆していた。

 マイクロアレイプロジェクトについての報告もあったが、現在約9000uni-geneをスポットしたアレイでデータ収集をしている段階であり、uni-geneのクオリティーや得られているデータ精度の点であまり順調に進んでいない印象を受けた。

 

Lotus japonicus

1. Symbiosis related mutantsの原因遺伝子のmap-based cloning

 ミヤコグサ関連の報告は全体的に少なかったが、ゲノムプロジェクトの進行とマーカー情報、遺伝地図情報の蓄積によりmap-based cloningが現実的なものとなり、実際に共生関連の遺伝子のクローニングの報告が複数あった。

 遺伝子情報まで報告されたものとしては、根粒菌、菌根菌の両者に対する初期応答変異体の原因遺伝子LjsymRKのクローニング、及び根粒過剰着生変異体Har1の原因遺伝子のクローニングの報告があった。また、まだ具体的な遺伝子の情報提供はなかったが、根粒菌に対する最初期の応答変異体と考えられているLjSym1, LjSym5についても候補遺伝子の絞込みから確認の段階であることが報告された。

 

2. Karyotype analysis

Gifuを基準としたミヤコグサアクセッション間の核型比較の報告があり、新たな交配種として期待されているLotus burttiiについてはchr1paracentromeric inversionが検出されていたが、MG-20で検出された転座や逆位は認められず、交配種として有効に機能する可能性が示唆された。

 

Pea, Chickpea, Lentil etc.

 その他のマメ科植物のゲノム解析については、ヒヨコマメのゲノムに存在するリピート配列の分布についての詳細な報告があったが、全体としては途についたばかりという感じであり、BACライブラリーの整備が始まったところというのが現状であろう。エンドウでも状況はほとんど同じで一応の基盤整備は進めてられているが、分子遺伝学的アプローチはあまり進んでおらず多数のコレクションがある根粒形成変異体の原因遺伝子の同定にはマメ科モデル植物の相当変異体のクローニングを待っている状況であるという印象を受けた。

 

Bioinformatics

 マメ科のモデル植物でのゲノムプロジェクトの進行に伴い、そこから得られるデータを扱うバイオインフォマティクス関連の発表も多数あった。中でも注目すべき動きとしてマメ科植物のゲノム情報の統合データベース(The Legume Information System)の構築の計画が報告された。これは、USDA Agricultural Research ServiceのサポートでThe National Center of Genome Resourcesが中心となり進めるもので、Soybaseはこのデータベースに統合(移行)される予定であり、タルウマゴヤシ、ミヤコグサのゲノムシークエンスの取り込み、及びそのアノテーションも計画している。また、マメ科植物の遺伝地図や、QTL情報なども取り込んでいくことを計画し、その手法について現在検討しているとのことであった。