赤血球分化

概略

私たちの身体は約 60 兆個の細胞からできています。現在の世界の人口が70億人ですから、その10000 倍程度です。あまり想像はつきませんが、とにかくたくさんの細胞が集まって私たちの身体はできているということになります。この一つ一つが大切な役割を持っています。例えば、筋肉細胞は収縮性のある細胞でATPを使って身体を動かしています。神経細胞は細胞間の情報伝達を行っています。このように、細胞にはそれぞれ役割があり、人間ではその役割によって約 270 種類に分けられます。
 細胞の「分化」とは、それぞれの細胞がなにかしらの役割を持つことを言います。筋肉になる細胞は筋肉になるための、神経になる細胞は神経になるための機能を持たなくてはいけません。細胞がそれぞれの役割を持つことを「分化」といい、「神経細胞に分化した」などのように使います。
 私たちは、造血幹細胞が赤血球に分化する過程でなぜアミノ酸の一つのアルギニンが必要なのかを調べています。
 造血幹細胞は血球系の細胞に分化が可能な細胞であり、条件によって赤血球、白血球、血小板や、肥満細胞などを生み出します。日本大学医学部 相澤 信教授らは造血幹細胞がアルギニンの無い状態では赤血球に分化できないことを発見しました。私たちは、なぜ赤血球への分化にアルギニンが必要なのかをDNAマイクロアレイや Real-Time PCR など遺伝子プロファイリング技術を駆使して解き明かそうとしています。

研究内容

CD34 陽性造血幹細胞はサイトカイン存在下でエリスロポエチン (EPO) を添加すると赤血球へ分化することが知られています。日本大学医学部 相澤 信教授らは 20 種類のアミノ酸のうち一つを抜いた培地を作成し、その培地に EPO を添加した時の赤血球への分化誘導を観察しました。その結果、アルギニンを抜いた培地では、赤血球への分化率が顕著に低いことが発見されました (Shima Y. et al., 2006)。このことから、赤血球への分化にはアルギニンに依存した経路があると考えられました。実際に、アルギニンを経口投与することでヘモグロビンが増加するという報告があり、アルギニンと赤血球分化の関連は深いと考えられます(Imagawa S. et al, 2004, Tarumoto T. et al, 2007)。
 我々は通常の条件で赤血球への分化誘導をかけた細胞と、アルギニンを抜いた培地で分化誘導をかけた細胞から RNA を精製し、マイクロアレイを用いてその発現パターンを解析しました。解析の結果、遺伝子発現量に顕著に変化があるものについて赤血球分化のモデル細胞である K562 cell を用いて、分化誘導後の発現量について継時的に変化を調べています。
 この研究によって赤血球分化の複雑な遺伝子発現制御ネットワークにおいてのアルギニンの役割が明らかになることで、貧血の治療法の開発や造血幹細胞を用いた再生医療の研究が飛躍的に進む可能性があり、本研究の意義は大きいと考えられます。

研究論文

Shima Y, Maeda T, Aizawa S, Tsuboi I, Kobayashi D, Kato R and Tamai I.
l-arginine import via cationic amino acid transporter CAT1 is essential for both differentiation and proliferation of erythrocytes.
Blood, doi:10.1182, 107: 1352-1356, 2006.
Imagawa S, Tarumoto T, Kobayashi M and Ozawa K.
L-arginine Administration Reverses Anemia of Renal Disease.
Blood, 104: Abstract 1631, 2004.
Tarumoto T, Imagawa S, Kobayashi M, Hirayama A, Ozawa K, Nagasawa T.
L-Arginine Administration Reverses Anemia Associated with Renal Disease.
International Journal of HEMATOLOGY, 86: 126-129, 2007.