エストロゲン

概略

私達の身体は60兆個もの細胞によって作られていますが、これらの細胞がバラバラに機能していては生命を維持することはできません。細胞に様々な情報を伝え、その機能を発揮してもらう必要があります。ホルモンは生体内で作られ、通常血流にのって離れた細胞に情報を伝える物質です。例えば、成長ホルモンは骨や筋肉に働きかけ、細胞分裂を引き起こし、身長を伸ばします。
 ホルモンの一種である女性ホルモンは通常では周期的な分泌量の増加によって性周期を調節しています。しかし、分泌量や分泌期間・時期が狂ってしまうと乳がんや子宮内膜症、骨粗しょう症などをはじめとする様々な疾患につながっていくことがわかってきました。 
 マウスでは胎児期に多量のエストロゲンに曝露されると、常にエストロゲンが分泌されてしまいます。このような現象は膣ガンのモデルとして使用できる可能性があります。私たちの研究室ではこのようなマウスを使い女性ホルモンと疾患の関連性を分子レベルで解析しています。

研究内容

女性ホルモンは乳がんや子宮内膜症、骨粗しょう症などをはじめとする様々な疾患に関与しています。正常なマウスやヒトでは、エストロゲンの周期的な分泌量増加で子宮内膜(基底膜)や膣上皮の厚みが増していきます。反対にエストロゲンが減少すると基底膜は元の状態に戻ります。しかしながら、マウスは胎児期に多量のエストロゲンに暴露されると、脳内の異常が誘発されエストロゲンが常に分泌されてしまいます。このような個体が成長すると性周期が無く、エストロゲンが常に膣上皮に作用するので基底膜は厚い状態になったままになります。興味深いことに、この個体から卵巣を摘出すると、すなわちエストロゲン分泌を抑制すると、本来ならば薄くなるはずの基底膜が厚い状態を維持したままになります。これはヒトにおいて膣がんをひきおこす原因として知られております。また、乳がんから採取されたがん細胞の研究から、がん化の初期状態ではエストロゲンが細胞増殖に働いていることがわかっています。すなわち、がん細胞にエストロゲンが作用すると細胞増殖が盛んになり、反対にエストロゲンの作用を阻害すると細胞の増殖を抑えることができます。しかし、がん化が進行した細胞においては、エストロゲン依存的な細胞増殖制御が消失してしまいます。すなわち、エストロゲンに依存した増殖制御システムが破綻していると言えます。
 このようにエストロゲン依存的に増殖するはずの細胞が、エストロゲン非依存的な増殖をはじめることは、基本的に乳がんでも膣がんでも共通の分子メカニズムで生じている可能性があります。
 当研究室では胎児期のエストロゲン作用の分子メカニズムを明らかにすることで膣がんや乳がんの進行度に合わせた新薬の開発が見込まれます。

研究論文

Pacific R.
Estrogen, Cytokines, and Pathogenesis of Postmenopausal Osteoporosis.
Journal of Bone and Mineral Research 11: 1043-1051, 1996.
Fillmore CM, Gupta PB, Rudnick JA, Caballero S, Keller PJ, Landerc ES and Kuperwasser C.
Estrogen expands breast cancer stem-like cells through paracrine FGF/Tbx3 signaling.
PNAS 107: 21737-21742, 2010.
Katzenellenbogen BS and Katzenellenbogen JA.
Estrogen receptor transcription and transactivation Estrogen receptor alpha and estrogen receptor beta: regulation by selective estrogen receptor modulators and importance in breast cancer.
Breast Cancer Res. 2: 335-344, 2000.
Frasor J, Danes JM, Komm B, Chang KCN, Lyttle CR and Katzenellenbogen BS.
Profiling of Estrogen Up- and Down-Regulated Gene Expression in Human Breast Cancer Cells: Insights into Gene Networks and Pathways Underlying Estrogenic Control of Proliferation and Cell Phenotype
Endocrinology 144: 4562-4574, 2003.