poly(A)アンチセンス法

概略

生命活動は、決められた時に、決められた量の遺伝子が発現することによって成り立っています。これらのルールを決定しているのがDNAに保存されている遺伝子です。人間では約 23000 種類の遺伝子が存在しますが、これらが指令を出して、それぞれ機能の決まったタンパク質を作り出し、正常なヒトのからだを作り上げているのです。様々な役割を果たす遺伝子が実際に指令を出して正確なタンパク質を作り出すためには mRNA が必要となります。mRNAは、DNA上の遺伝子の必要な部分の情報を写し取ったものです。mRNAは核の外に出されて、その情報を基に特定のタンパク質を作り、私達の身体を正常に維持しています。この、DNA→mRNA→タンパク質の一連の流れが私たちの生命活動の維持の根幹を成す機構になります。mRNA はいくつかのパーツに分かれており、タンパク質の情報を持つコーディング領域を挟んで、両端に5’ 非翻訳領域 (UTR)、3’UTR が存在します。さらに、5’UTR にはCap構造、3’UTR にはpoly(A)鎖という部品も付加されます。タンパク質の情報を持っているのはコーディング領域だけですが、その他の部分も翻訳には欠くことのできない部品です。

mRNA に選択的に結合するモルフォリノオリゴ (MO) を使うことで、特定のmRNA の翻訳を邪魔することができます。特定の mRNA の翻訳を邪魔し、その影響を観察することで、そのmRNA が持っているタンパク質の機能、つまり、そのタンパク質の情報を持っていた遺伝子の機能を知ることができます。MOは通常5’UTR 部分に結合するように設計します。MO が標的 mRNA の 5’UTR 部分に結合するとタンパク質を合成するリボソームというRNA-タンパク質複合体が取り付けなくなるため、翻訳が阻害されます。私たちは、通常5’ UTR に設計する MO を 3’ UTR に結合するように設計しました。その結果、標的 mRNA のpoly(A) が無くなり翻訳が阻害されました。この現象は既知の阻害様式とは違い、全く新しい反応であると考えられます。今後、この反応に関わる因子を調べていきたいと考えています。

研究内容

通常、モルフォリノオリゴは 5’UTR またはエキソンとイントロンの境界領域 (スプライスドナーサイト) にハイブリダイズするように設計することで、リボソームの翻訳を阻害、あるいは適切なスプライシングを阻害し、特定の遺伝子の発現を抑制します。私達は、MO を mRNA の 3’UTR 部分に存在するpoly(A)鎖付加部位の近傍に結合させることによって、poly(A)鎖を除去し、翻訳反応を阻害することを発見しました。この阻害反応は『標的配列が3’UTR 内にある』こと、『poly(A)鎖を短小化することで翻訳反応を阻害する』という特徴から、従来のアンチセンス法とは全く異なる遺伝子発現抑制法であり、また、最近生理的機能が注目されているmiRNA の阻害様式と非常によく似ています。

登録済みの特許

特許第5953617号,特願2013-525673
和田忠士、竹田圭、半田宏
mRNAのpoly(A)鎖および/または3’末端配列の一部を切断し、翻訳反応を抑制する技術
公立大学法人横浜市立大学、(株)陽進堂、国立大学法人東京工業大学
平成28年6月24日

研究論文

Wada T, Hara M, Taneda T, Qingfu C, Takata R, Moro K, Takeda K, Kishimoto T, and Handa H.
Antisense morpholino targeting just upstream from a poly(A) tail junction of maternal mRNA removes the tail and inhibits translation.
Nucleic Acids Res. doi:10.1093/nar/gks765, 1-10, 2012.